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2013年 10月 07日
私たち50代は存在感の薄い世代です。
一世代上は団塊の世代でやたら数が多く、別名全共闘世代とも呼ばれ、元気が良くて、声もでかくて、暑い。結果、目立つのでバッシングの対象となります。 一世代下はバブル世代でこちらも数が多くて、ぜいたくを享受したおいしい世代だと叩かれます。 この世代に挟まれた50代は数が少ないうえに、○○世代と分かりやすいネーミングがないためか、目立ちません。 無理やりひねりだすと無共闘世代とかしらけ世代というのがありますが、知っている人は少ないでしょうね。 ひっそり隠れて、褒められることもなく、バッシングを受けることもありませんでした。 目立たぬことが、最高の処世術であるということを体現する世代ともいえます。 ところが、ここに来てタイトルのように、本当に使えない社員は50代男性という論調が目立つようになりました。 50代男性社員バッシングの急先鋒アエラの記事から引用します。 『アエラが会社勤めの20~50代を対象に「使えない社員」について調査したところ、全世代が共通して挙げたのは「50代男性」だった。 50代男性をお荷物だと感じる理由(複数回答)は、(1)仕事の効率が悪い(2)仕事への意欲が低い(3)仕事の能力が低い(4)雇用や給料が手厚すぎる──と続く。 「バブル前後に採用された50代ぐらいの男性は本当にお荷物。 給与が高いのに、利益を生み出す仕事をしない。働かないだけならまだしも、彼らが『働いているフリ』をするごとに私たちの仕事が増えていくんです」 世代間格差の視点から雇用問題に詳しい人事コンサルタントの城繁幸さんは、50代は「もらいすぎ世代」だと指摘する。 「年功序列で会社が仕方なくポストを作っている場合も多い。氷河期など下の世代には会社がシビアになっているので、本当に優秀な人しか出世できていない。 その分、楽をしている50代がフリーライダー(ただ乗り)に見えるのでしょう」 これほど厳しい視線にさらされているのに、当の50代男性にはその意識が薄い。今回の調査でも50代男性の6割は「自分の給料は働きに見合わず少ない」と思っている。 「自分がお荷物だと感じたことがある」のはわずか8%で、他の世代と比べて圧倒的に少ない。』 悔しいけれど、上記記事の指摘は当たっています。 50代男性は恵まれ過ぎの「もらいすぎ世代」と言われれば、その通りですと答えざるを得ないですね。 既得権の上にあぐらを掻いて、じっとしておれば逃げ切り(定年から年金支給)までもう少しというのが現在の状態です。 われわれは大卒で上場企業に入れば、年功序列の恩恵を受けて、ほとんど管理職になれました。 管理職ポストがなくても、担当課長だとか担当部長などという下駄を履かせたポストで会社は処遇してくれました。 管理職をお役御免になっても参与という名誉役職をいただいて、給与はたいして減らされるわけでもなく、既得権を手放す必要はありませんでした。 こうして定年まで恵まれた状態が続くわけです。 自分でいうのもなんですが、やっている仕事や生み出す成果に比べて、いただく給与が多すぎるのです。 しかし、上記にあるようにもらい過ぎの自覚はありません。 バカなことに、われわれ世代は恵まれすぎの状態が当然だと認識して、バブル時代と比較して微々たる給与カットに不満なのです。 2世代下の社員が同じ仕事をしていても、半分以下の給与だという事実には目を向けません。 もらいすぎのくせに、被害者意識を持っているんですから、下の世代からはバッシングを受けても当然でしょう。 甘ちゃんの我々50代男性は、もらい過ぎなのに、生活が苦しいのは給料が少ないからだと贅沢ぬかす、幸せな勘違い野郎です。 日本経済の成長の果実をほとんどいただいたうえに、老後の面倒を下の世代に押し付けるずるい奴とは団塊の世代への非難ですが、彼らが職場から去ると、非難の矛先は、団塊と近い世代のわれわれに向かってくるのも仕方ありません。 せめて、やっている仕事に比べて給料はもらいすぎ、今の給料は下の世代から搾取しているという自覚は持ちたいものです。
by mixa_suwa
| 2013-10-07 09:30
| 神楽坂日記
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