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1 2012年 02月 27日
![]() 訪れたのは金曜午前11時だというのに、会場に入るまでに行列を作って並び30分近く待たされました。 入場料は1500円。そんなに安いわけでもないのに、たくさんの人で賑わっています。 不況とはいえ、平日の昼間にどこからこんなに人が来るんだろうと、寒風の中をぼーっとしながら思いました。 うん?この光景は毎日見ているものに近いなあ。ランチタイムの神楽坂と同じであることに気づきました。 60代、70代の高齢者が圧倒的に多いのです。しかも女性の集団が目につくこと、目につくこと。 そりゃそうです。金曜日の11時に行列を作るのは時間に余裕のある方しかいませんから。 見終わって、同じ敷地内にあるホテルオークラが営んでいるレストランでおそめのランチをとりました。 ピークタイムはとうに過ぎてても、高齢の女性グループで賑わっています。 楽しそうに海外旅行の話題で盛り上がっていました。 この人たちは、どういう人たちだろうか?とふと考えました。 仲間と集って芸術を楽しみ、少し贅沢なランチを楽しむことができる人たち。 年金暮らしだろうな、旦那さんも定年はとっくに超えているだろうな、専業主婦だったんだろうな、と勝手に想像します。 これから商売するなら、こういう有閑富裕層をターゲットにするべきだな、とも思いました。 文化的なことに興味を持てる中高年はイコール豊かな消費者です。 若年層相手のロープライス商品、サービスの薄利ビジネスでは儲けにならないからなあ…、金持ち相手がやっぱりいいよなと、想像は膨らんでゆきました。 しかし、だんだん腹が立ってきました。 なんで、この人たちは働きもせずこんなに恵まれているんだ、と。 おいおい、同じ日に同じ美術展を見て同じレストランで食事するお前が言うことか、と自分で自分に突っ込みを入れながら…。 実際には、それぞれの人にさまざまな事情があり豊かな老後かどうかは分かりませんし、数々の艱難辛苦を乗り越えてきたからの豊かさであるということも理解しているつもりですが、やっぱり腹が立ちます。 平均年収が300万円を切った時代に、豊かな老後の姿を見せつけられると頭の中に疑問符が浮かびます。 中小企業で働く20代、30代の人と、ここに集った年金生活者を比較してしまいました。 どちらが恵まれているのでしょうか。一目瞭然、説明するまでもありません。 いわゆる逃げ切り世代の人たちが豊かな老後を享受している一方、200万円代の年収でギリギリの生活を強いられる若者たち。 この対比はあまりにステレオタイプなものなのでしょう。 しかし、この日のこの光景を見ると世代間格差は確実にある、としか思えません。 でも、お前だって20代、30代に比べればずいぶん恵まれている世代ではないか、と言われると返す言葉はありませんが…。 せっかくの一級文物(中国の国宝)を堪能しながらも、こんな思いが頭の中をいったりきたりするのでした。 ![]() 詳細はコチラ! http://www.de-con.jp/whats_new/detail.html/328 ■
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by mixa_suwa
| 2012-02-27 09:46
| 神楽坂日記
2012年 02月 24日
![]() それは文書等で正式に規定されているものではなく、なんとなくあちらは高級、こちらはそうでもないとその仕事に携わっている人たちのなかで認識されているものです。 おおげさな言い方をすれば、どの業界にもヒエラルキーが存在するということです。 ヒエラルキーとは、階層構造というように訳されます。 写真撮影を業務として行う人をカメラマン、フォトグラファー、写真家と呼びます。 カメラを仕事道具として、同じように撮影を行うにも関わらずヒエラルキーは存在するのでしょうか。 業界のある人から「ストックフォトをやっているカメラマンはイケテナイ」的なイメージがあると指摘されました。 なるほど…、イケてないねー。今なら、この表現がドンピシャなのかなあ。 残念ですが、その傾向があることは認めざるを得ません。 以前にも書いたことがありますが、お金を得ることを目的とする同じプロの写真家であったとしても、カメラマンとして同じとはみなされません。 作品を撮っている「作家」となると、なんだかステータスが高そうな雰囲気が漂います。 アートというか芸術の範疇の仕事と見なされるからでしょう。 それが広告ビジネスのための写真家となると、ゲージツでないぶん少し劣るのかな、と思われるのでしょう。 それでは、主に広告用途のクリエイティブまたはコマーシャルと報道用途のエディトリアルというふたつのジャンルについてはどうでしょうか。 どちらも仕事として、つまり金儲けのために行っているにも関わらず、社会的なステータスは違うなあと思わざるを得ません。 エディトリアルは、国民の知る権利のために熱い使命感を持って取り組んでいるという感じがあります。 クリエイティブは「ゼニのためや」感が漂うのかなあ。 同じ広告用の写真でも、依頼されて撮影する仕事、業界ではアサインメントと呼ばれます、は請われて撮影するからでしょうか、あまりイケてないとは思われないようです。 ストックフォトはアサインメントと違いクライアントを意識せず、できるだけ広く使われるような写真を良しとします。 万人受けこそ素晴らしいのですが、写真家の表現意欲の発露とはならないと思われるのか、イケてない的イメージがあります。 つまり写真家のなかにもヒエラルキーは存在し、ストックフォトをやっているカメラマンは低い、と思われているのです。 私は、このくやしい状況をなんとか覆したいと思います。 どうだストックフォトって、こんなにイケテルんだ、とドヤ顔を見せられるようにしたいです。 そのためには、どうすれば良いのか、足らない知恵を絞ることにします。 業界の地位向上のためのアクションプランが必要になります。 ![]() 詳細はコチラ! http://www.de-con.jp/whats_new/detail.html/328 ■
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by mixa_suwa
| 2012-02-24 09:54
| ストックフォト
2012年 02月 20日
売上に貢献しないブログばかり書いて!と社内から叱られてしまいました。
ということで、今日は新しいコンテンツのご紹介となります。 ご覧いただいているのは「合成用背景素材」です。 この言葉は一般的なものではなく、なんとなく作っているうちにでてきた造語です。 ![]() 一見すると、なんだこれ?メインの被写体がないピントがぼけた写真じゃないか、と思います。 でも、このぼけた写真はタダモノではありません。 最近の使う側のニーズにピッタリ寄り添ったコンテンツなのです。 ![]() あるタレントを起用して、ロケ地を○○○にして、某クライアントの広告写真を撮るという企画があるとします。 ところが予算も出ないし、タレントのスケジュールもタイト…、なんてこと、最近では当たり前です。 そこで合成用背景素材の出番となるわけです。 都内のスタジオでモデルを撮影したものを切抜き、背景用素材と合成して間に合わせる、という使い方を想定しています。 この方法ですと、ロケに行ったけど天気の都合で撮影できなかった、どうしよう…、というトラブルも防げますしね。 なんだ、そんな風景の背景と人物を合成することは新しくもない、誰でもやっている、とお思いになりますよね。 たしかに手法は新しくありません。 でも、ちょっと違います。 この合成用背景素材は、“初めから合成することを前提にして撮影した写真”です。 ストックフォトの風景写真と人物を合成すると、どうしても不自然さが出てしまいます。 なぜならメインモチーフとなる被写体にピントがあっていますから、画像を合成するだけでは風景とモデルにピントが 合ってしまい、どうにも遠近感が出ません。 いかにも合成しているように見えてしまいます。そうならないようにデザイナーは奮闘されているわけです。 その手間を防げるのが、合成用背景素材なのです。 合成するのは人間だけでなく、小さいものは缶飲料、大きいものは自動車などを考えてみました。 なんとか普及させて、「合成用背景素材」をひとつのジャンルというかカテゴリーとして浸透しないものか勝手に期待しています。 このコンテンツ、以下でもお確かめいただけます。 http://www.de-con.jp/whats_new/detail.html/322 ストックフォトに関わる方が興味を持っていただけると、うれしいです。 よろしくお願いします。 ![]() 詳細はコチラ! http://www.de-con.jp/whats_new/detail.html/328 ■
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by mixa_suwa
| 2012-02-20 09:56
| ストックフォト
2012年 02月 17日
![]() 今はストックフォトを選ぶ基準が“先ず価格”となっていますので、お金と手間のかかるライツマネージドコンテンツはどうしても影が薄くなりがちです。 しかし、プロが撮影した価値あるものであれば、やはりライツマネージドで販売するのが正当だと思うこともあります。 この価値があるとは、対価以上の広告効果をあげるという意味です。 例えば、全国紙の一面広告にストックフォトが使用されたことを考えてみます。 このような広告にロイヤリティーフリー(RF)の画像が使われたとします。 もちろん、使っていただくことはありがたいのですが、この広告の出稿料は500万円を下らないでしょう。 それに対して使う写真使用代が5000円とすれば、あまりにバランスが悪すぎる気がします。1000分の1です。 せめて出稿料の2%くらいの10万円くらいの価値を写真に認めてもらえないかと考えてしまいます。 この10万円というのは1紙1号1回のライツマネージドだとすれば妥当な対価だと思われます。 なんでも安く、ではなく、効果に見合った対価をいただくということは、コンテンツを提供する側からすれば優れた値段の決め方だと思います。 私は以前、ストックフォト業界の先輩から、著作権フリー(当時はRFとは呼ばずこう呼ばれました)は被写体を犠牲にするビジネスであると言われたことがあります。 RFが自分の商売を邪魔しているという意識が、上記の発言の背景にあります。 しかし、まったくの的外れとは言い切れません。 ロイヤリティーフリーは、だれが、いつ、どのような目的で使用するのかが分からないという特徴があります。 例えば、若い女性モデルを被写体とした写真が風俗のチラシに使用されてしまうような場合を考えてみます。 いくら規約で禁止されていても、RFであればコンテンツ入手が比較的簡単であるため、このような利用方法を防ぐことは実際のところ容易ではありません。 それに比較して、RMの場合は使用媒体と目的を事前にエージェンシーに申請する必要があります。 自分の氏名、会社名を伝えるのであれば、風俗チラシに使うという行為の頻度も少なくなると考えても間違いではありません。 もちろん、RMでもトラブルがすべて回避されるわけではありません。悪意を持って利用する人間であれば、目的のコンテンツを入手することは可能です。 しかし、RMのコンテンツの方が規約に禁止されている使い方を行おうとすれば、心理的なハードルは高いと思われます。 一度購入すれば媒体を問わず何度でも使用できるRFと、1回使用するたびに申請と課金が必要とされるRMでは手間とコストでは前者が優位となることは否めません。 しかし、広告効果に対する写真の価値とか、被写体の権利を守るという別の側面で見れば後者が優れていると思います。 どちらが優れているとか劣っているというのではなく、使用される場面と立場によって評価は異なります。 ようは使い分けだと思うのです。 ![]() 詳細はコチラ! ■
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by mixa_suwa
| 2012-02-17 09:45
| ストックフォト
2012年 02月 13日
![]() 携帯するのに便利なので新書派です。最低週1冊は買い求めます。 最近、新書コーナーで平積みになっているのが「星海社新書」のシリーズです。 講談社新書の若者向け版とでも呼べそうなものですが、タイトルのネーミングとシリーズコンセプトがおもしろいので、ついつい買ってしまいます。 今日取上げるのは、そのなかの1冊「資本主義卒業試験」です。 これはマンガ+小説という珍しい体裁、漫画家山田怜司の著です。 試し読みはこちら。 http://ji-sedai.jp/works/book/publication/sotsugyoshiken/01/01.html 自分の経験と多くの人とのインタビューで得た知識をベースにした「ファンタジー小説」とでも形容しておきます。 日本人が表面上は豊かでありながらも、息苦しいのははどうしてだろう?と考えると、その源は資本主義の矛盾であった。 その息苦しさを逃れるためには、資本主義卒業試験をパスすることが必須である。 その答えは…、ということが書かれている読みモノです。 経済学を学んだ人間でも、答えるには難しい話を、マンガとファンタジー仕立てのストーリーで飽きさせず読ませます。 今まで資本主義とはなんぞや?とか、現代資本主義の問題点とか、を考えたこともない若者には刺激的で新鮮でしょう。 自分の境遇と経済状況を、大きな制度とリンクして考えさせるキッカケにはなるでしょう。 と褒めておきながら、ケチをつけるのもなんなんですけど、 この卒業試験の答えには、「はーっ、sigh, sigh,ナイーブなのね…。」というのが感想です。 この物足りなさをどう表現しようかと考えていたら、amazonの書評でうまい例えがありました。 結婚に失敗した人間が、原因は婚姻制度だ、と言っているようなものだ、とありました。 節税のために法人を設立したら立ち行かなくなり、個人的にも苦しくなった、その原因は節税対策が下手なのではなく資本主義のせいだ、といっているようなもの、ということです。 ま、でも自分の失敗をきっかけにして、失敗の背後にある経済制度に目を向けたというアプローチの仕方は、経済学者ではできないものですし、とびきり分かりやすい書でもあります。小さな声でおすすめです。 たまには、こういう大きな制度について考えてみるのも悪くはありませんしね。 イギリスの元首相チャーチルの言葉の中に 「民主主義は最悪の政治形態であると言える。ただし、これまで試されてきたいかなる政治制度を除けば。」 という言葉があります。 私は、この言葉をもじって、 「資本主義は最悪の経済形態であると言える。ただし、これまで試されてきたいかなる経済制度を除けば。」 と言い換えます。 確かに、昨今の経済状況を見るなら、資本主義の限界が露呈し、矛盾が噴き出していることは否定できません。 しかし、社会主義の崩壊を見れば、資本主義に代わるべき経済制度はあるのか?と思います。 封建時代の重商主義や重農主義、あるいは幻想としか言いようがない原始共産制では解決にならないのは論を待ちません。 この書がナイーブとしか言いようがないのが、資本主義の解決策は幻想でしかないユートピア(=原始共産制)に解を求めているからです。 私が考えるに、資本主義の特質を短く言うのなら、「成長への信仰、欲望の肯定、競争を賛美」となります。 長くなりました。続きは次回に。 ![]() 詳細はコチラ! ■
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by mixa_suwa
| 2012-02-13 09:42
| 神楽坂日記
2012年 02月 10日
![]() この「パブリシティー権」という言葉、一般にはなじみのないものです。 先週、このパブリシティー権が新聞、テレビなどのマスコミで大きく取り上げられました。 ご存知の方も多いでしょう。歌手ピンク・レディーの2人が、雑誌記事で写真を無断で使用され「パブリシティー権」を侵害されたとして、出版社に損害賠償を求めた訴訟の判決が最高裁でありました。 ここで画期的だったのは、最高裁でパブリシティー権が法的権利であることを初めて明確に認めたことです。 少し解説します。 パブリシティー権とは一般的に、著名人が氏名や肖像を無断で使われない権利、と理解されています。 今までは地裁などで一定の範囲で認められたことがあるというものの、法的に位置付けられたものではありませんでした。 今回、最高裁の小法廷はパブリシティー権を「(著名人などの)商業的価値に基づく人格権のひとつで、顧客吸引力を排他的に利用する権利」と初めて定義されました。 つまり、一般的に思われているとおり、著名人が氏名や肖像を無断で使われない権利、ということです。 われわれストックフォト業者にとっては、このパブリシティー権が著名人でない被写体、例えばクルーザーであったり競走馬であったり、にも及ぶのかということにも関心を持つ必要があります。 先回のブログでクルーザーにパブリシティー権が認められない、と書いたのは以前に判例があったからです。 ギャロップレーサー号事件というのがありまして、そこでクルーザーにはパブリシティー権がないとされたのです。 この(著名人などの)部分を拡大解釈して、著名であれば建物、船舶、競走馬などにもパブリシティー権があると主張する人が出てきます。 この主張がどう判断されるのかを覚えておく必要がありますね。 写真は写すのは簡単でも、この被写体の権利までを考えるとけっこう面倒なもの、だと思う好例です。 さて判決では、パブリシティー権を法の権利として認めたものの「顧客吸引力目当てに写真を使ったとはいえない」として請求を棄却しました。 正当な表現行為に使うのは侵害に当たらないとして、記事について「ピンク・レディーの顧客吸引力の利用が目的ではなかった」と判断されました。 (以上、日本経済新聞(夕刊) 2012年2月1日より引用) われわれが気を付けなければならないのは、写真に著名人や(などの)に該当される可能性がある建物、キャラクターが写っていないか、写っていたとすれば使用の方法が、その著名人の顧客吸引力を利用しているものか、ということです。 ホント、写真に関わる権利関係って難しいんですよ。 皆さんもこの記事を読みなおして、理解しておくことをお勧めします。 ![]() 詳細はコチラ! ■
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by mixa_suwa
| 2012-02-10 09:42
| ストックフォト
2012年 02月 06日
![]() http://www.cpplus.jp/ 私も足を運ぶ予定です。 さて、会場となるパシフィコ横浜のあるMM21地区も含めて横浜は絵になる街です。 ストックフォトの題材としても、港の風景は欠かせません。 ところで、港を撮影しストックフォトとして販売すると、面倒なことが起こることがあります。 係留されていたり、巡航しているクルーザー、船舶から連絡をいただくことです。 どんな経緯で撮影したのか?撮影を許可した覚えはない、迷惑しているから取り下げろ、などとの要求をいただきます。 船内で撮影されたものでなく、一般に公開された地から風景のなかの一部として写っていたものでもクレームは入ります。 このクレームは正当なものでしょうか? 公道、公開された地から、海に浮かぶ船舶の外観を撮影しても、何らの権利を侵害していることはないはずですが…。 では、彼らのクレームになんらかの根拠が考えられるのでしょうか? 船舶、クルーザーに人間と同じような肖像権あるいはパブリシティー権が発生するとは考えられません。 同様に船舶、クルーザーが著作物と認められることもないでしょう。 万々が一、著作物だと認められても屋外に恒久的に設置してあるのであれば、撮影しても問題はないはずです。 ということで、外観を撮影することが法的に認められる権利を侵害していることはない、と考えられます。 それなのに、なぜクレームをつけてくるのでしょうか? ここからは推測ですが、景観も所有権の一部だと勘違いしていることが考えられます。 「俺が管理している船を勝手に撮影して、商用に利用している。」という発言は、所有している船を撮影するには所有権を有しているところに許可を取るのが当然だ、という認識が隠れています。 もちろん、この考えは誤りなのですが、船舶に限らず建築物でも管理している側はこのように思っている人は多いようです。 そして、俺の管理する船を撮影して商売するとはどういうことだ、と考えてクレームに至るわけです。 撮影された写真が旅行パンフレットにでも使用されれば、観光振興に役立ちます。 魅力的だと思われて被写体にされるのですから、もう少し鷹揚になってくれないものかと思います。 ![]() 詳細はコチラ! ■
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by mixa_suwa
| 2012-02-06 09:42
| ストックフォト
2012年 02月 03日
![]() これは観測史上2番目の少なさだそうです。どうりで雪も溶けないはずです。 といっても今日は節分、明日は立春。春の足音はかすかですが聞こえてきそうです。 ところで、今年は辰年、ドラゴンイヤー。 それとは関係なく、名古屋生まれのせいで、私は中日ドラゴンズのファンです。 ドラゴンズといえば、昨年は2年連続のリーグ優勝を成し遂げ、惜しくも熱闘の末日本一を逃したことは記憶に新しいですね。 それにもまして、話題になったのは、これほどの成績をあげながらも監督が交代したことです。 その連続優勝の立役者、落合博満前監督の著書「采配」がベストセラーになっています。 電車に貼られている広告ステッカーでは、すでに33万部売れているそうです。 となると彼の懐に入る印税は現在でも5000万円か…、という下衆の勘繰りは置いといて出版社からの紹介はこちら。http://www.diamond.co.jp/book/9784478016268.html ダイヤモンド社から刊行されていることから分かるように、野球ファン向けというよりもビジネスマン向けの内容となっています。 一読して分かることは、落合博満という人は、極めて合理的に物事を考える人である、ということです。 私たちの世代は「巨人の星」に熱狂したように、努力、根性、友情の暑苦しい価値をスポーツの世界に見出します。 それゆえにクールと評される落合前監督は、オールドファンからは受けが悪く、成績がよくても人気がないのが解任の理由と噂されました。 私は表情を出さずに、ディフェンスに強い地味な野球から、いかに勝利にこだわるかという勝負師のあるべき姿を教えてもらった気がします。 デフレ下で成長が期待できないビジネス環境の下、難しい舵取りをしなければならない経営者に有益な示唆を、彼は采配を通して与えてくれました。 彼にとって野球とは仕事であり、野球がチームスポーツであるから目指すべきはチームの勝利であり、ファンが望むのも勝利である、という明快な哲学があります。 野球選手は個人事業主であり、競争によって雇用の継続が決まる厳しい環境にあることの自覚を即しています。 その与えられる厳しい条件のなかで、自分の価値を高めるためには、ハードな練習が必要であると述べます。 根性で頑張れというような精神論は言いません。 選手がプロ野球選手として、いかに商品価値をあげてゆくかを教えてくれる書でもあると、私は感じました。 実績に裏打ちされているだけに、書いてある文章に説得力があります。 フリーランスのお仕事をされている方には特に勉強になります。私のブログに興味を持たれた方は是非、ご一読を。 それにしても文章がうまいです。 最終章の最後の一節に、「だが、自分の人生を采配できるのは、ほかならぬ自分だけであり、そこに第三者が介入する余地はない。ならば、一度きりの人生に悔いのない采配を振るべきではないか。」とあります。 涙が出るくらいにカッコよくて、おおきくうなずいてしまいました。 ありがとう! ![]() 詳細はコチラ ■
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by mixa_suwa
| 2012-02-03 09:46
| 神楽坂日記
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